京都史蹟散策281-2 甲子兵燹図(かっしへいせんず・禁門の変を描く巻物)を読んで観る2
京都史蹟散策281-2 甲子兵燹図(かっしへいせんず・禁門の変を描く巻物)を読んで観る2
本編は、京都大学帰朝資料デジタルアーカイブより京都大学「維新特別資料文庫」のコレクション・史料より甲子兵燹図 2巻の掲載です。
下巻:復古之基礎
この資料は、品川弥二郎子爵の歿後、攘堂尊保存委員会から京都大学図書館・本館に寄贈されたもので、京都大学・維新特別資料文庫の名の元に、●「Free License 」二次利用自由●のものから全て、「著作権満了確認済」のものです。
写真は典拠先を明確にするため、レコードID を付記。
また、見やすくするために写真枠外は多少、画像処理をしています。
* は、投稿者の付記です。
● 原資料図
00

01

02

03

04

05

06

07

08

09

10

11

12

13

14

15

16

17

●「Free License 」二次利用自由●の観点から、以上、を再編成(画像を文章を分離)して、画像については「イメージ画像」を掲載して、再度、見てみることにします。
番号付けの( )内のものは、上述の原資料図の番号です。
(*意訳)には、読みやすくするために、句読点を適宜に入れました。

01(01+02)

(*意訳)
・・・賀茂川筋へ逃出し 人々 其(その)数をしらず、19日 夜より20日、21日 先づ(*まず)火は鎮り(*しずまり)けれども、何處かへかへる(*帰る)處もなければ、川原に暮す人もあり、非人(ひにん・*江戸期の賤民の身分の呼称で、所謂、士農工商には属さないが、往時、公家や医師などと同様に、あくまでも身分制度上の身分とされていた。)と同じ姿なり。
02(02+03+04)

03(04)
(*意訳)
相應に暮せる人々、召遣ふ(*めしつかう)者ども 跡に残し、家内、老人、或は子息等めし具し(*めしぐし・*目下の人や家来を伴い)逃来りて、後の様子を尋ねるに、噂 まち〱(*まちまち)本家は迚も(*とても)たすかるまじ(*助からないだろう)、せめて土蔵は無難に残したしと、神に祈り、佛に念じ するうち、一箇所は恙なかれ(つつがなかれ・*病気や災いがなく、無事)とも、二箇所は どふやら火が入りし様子と、注進するに 捨おかれず、少しなりとも助けたし と、逃散る人を頼み、頻りに(*しきりに)水の手龍咄水(りゅうどすい・*龍が水を吐くように見える火消の道具)、いのち限りと はたらけど、煙るむすび、暑気の強さ、漸々(*ようやく)かき出す出ては、半分焼けて無益なり。
04(04+05)

05(05)
(*意訳)
22日になれば、火は悉く(*ことごとく)治れど、又 火に不自由する焼場のあと、炭薪さへ まゝならず。
蔵の落たる人々は 家内 娘も下女つれて、何もやけたかも 焼けたと見せる人も 見るものも、涙にくれる ばかりなり。
06(06+07)

07(07)
(*意訳)
21日朝までに、あちこち日の影も鎮まらず(*しずまらず)ありしかど、大津、伏見、北山、西山に逃し人々も、我家の安否 いかゞと戻れども、危ふき火の跡にて、火勢も強く炎暑も つよし、何方を見れば山ばかり。とこの(*どこの)町やら 辻ろうじ(*辻路地)、堂も社も目あて なし。
まづ焼場所の果々(*はて はて)も 廻り〱(*廻り廻り)て、中京の神社、佛閣、御屋敷、大家、名家古跡、名所、残る所は禁裏御所、是(これ)そ嬉しき ひとつにて、荒々 こゝに写し置く。
08(07+08)

09(08+09)

(*意訳)
7月19日 朝より 五つ前時(*午前8時頃)より20日 夜 寅の下刻(*午前5時)迄 焼失の町数、凡そ(*およそ)
町数 811町
かまど数 27,513軒
焼落土蔵 1,207ヶ所
橋梁 41ヶ所
宮御門跡 3箇所
芝居小屋 2箇所
堂上方 18軒
髪結所 132ヶ所
諸家御屋敷 51ヶ所
番部屋 562ヶ所
寺社 253ヶ所
非人小屋 1ヶ所
右(*上)の外(他)、諸境内、寺中、建家、数多 之有(*これあり)、御屋敷内の建家抔(*など)略之(*これを略する)。
皆 夫々(*それぞれ)に立帰り我町さへも わかりかね、こゝか こちの入口か、焼た瓦をかきのけて、井戸のあたりや、走り棚、ここが椽先(えんさき・*縁先)、廻り椽(まわりぶち・*部屋の天井と壁の境目に取り付ける部材)、鋏(*はさみ)、剃刀(ていとう・*かみそり)、金盥(*かなごて)、出刃包丁、金杓子(かなじゃくし・*金属製の杓子)、あふり子、熾撹(おきかき)、かなひ箸(*金火箸)、かたちはあれど 間に合はず、古き神社も、佛閣も、石の鳥居も、燈籠(*とうろう)も、からかね(唐金、青銅)、真鍮(*しんちゅう)、銅類も、皆々 灰となりはてゝ、太き樹木は真黒に、松も紅葉も椶櫚(*しゅろ)の木も、芭蕉は やつれたる姿 だもなし(*仕方がなし、花壇に植えし女郎花、桔梗、すゝき や、藤袴(ふじばかま)、小鉢ならべし朝顔の翌はさけよと、まちはひし(*待ちわびし)、壺に生出しの蓮の花、たき木となるは、梅さくら、佛に捧る(ささげる)それさへも、なさけなしと おしみしに(*惜しみ)しに
おく露の 置ところなし やけかはら(*焼け瓦)
10(09+10)

11(10)

(*意訳)
店に商う人々 一日 無能に暮されず、暫時(*ざんじ)も早く商賣(*商売)に かゝる木材大工も皆 焼後 近在を走り、浪華(*大阪)へ下りて、材木を調べ、瓦も さらに手廻らねば、わら葺屋根、むしろ屋根、苦にて葦(*あし)は雨 もれて、蔵の日さしも俵屋根。
残りたる土蔵には、大事なものもあるなれば、替る〴(*替る替る)に夜の番。
昼は焼場の蝋だらけ、夜は 蚊のせめて(*蚊が攻めて)寝もつかず
焼けあとに かこひもつらず 秋の月
むし(*虫)よりも 泣人多し 京の秋
8月の中旬に至れば、今日 暮らしの者は、徒らに日を送りても居られず、近在へ頼みて薬を求め、纔に(*わずかに)二畳敷程の家を縄からみ、或は板屋根、床に焼瓦を積で、むしろを置、便所雪隠(*せっちん)こもむしろ、はや秋風の身にしめど(*染めど)、家業なくては過行かれるず、土蔵の前に板屋根して、女子供は外に預け、我ものは月も雨も、風も、洩れ来る菊月に
菊の根に かなしとなくや(*悲しと鳴くや) むしの聲(*声)
古(*いにしえ)の歌を思出して
月は洩り 雨はたまれど(*溜まれど)とにかくに
くらのひさし(*蔵の庇)を 葺(*ふき) そわつらふ(*幸あれ の意)
12(11+12)

13(12)

(*意訳)
22日 やう 〱(*やうやう)火勢 鎮まりければ、諸方へ逃出し人々、少々宛 持ち出しゝ品をたづさへ(*携え)、親類縁者を ちからに来り、散々に別れし者ども 尋求め 其身 ゝ(*其身 其身)の安否を喜び けれども、今日の喰事(*食事)に飢る者 多き所に、御公儀様より町々江(*へ)安心すべき御觸(*御触れ)あり。
~~~~~~
御高札之写
今度 類焼に逢 渋難き(じゅうなんき・*険難で歩きにくいこと、転じて物事がなめらかに進まないこと)者は、米銭 又は粥等 御救い下さるので、運路 捗取り(*はかどり)難く 京積米 払い底の赴きに付き、京中の一体へ御救いするため、玄米5斗入り 1万俵を安直に御売り下されるに相、成る赴き、一人に付き玄米一升代 百文の積、一人 別に切手 相、渡すので右(*上)の切手をもって引き替え申すべく存じる。
但し、切手は町役人へも相、渡すので、借屋人共 離散致した者は町へ立ち戻り、町役人にて請け取る(*受け取る)ように申すべく存じる。
今度 (*火災の)類に逢 渋難き(じゅうなんき・*物事がなめらかに進まないこと)者え(*者) 米銭 又は粥等 御救い下さるけれども、運路 捗取り(*はかどり)難く 京積米 払い底の赴きに付き、猶(*なお)御仁恵(じんけい・*なさけ)をもって 取り敢えず 市中一体へ玄米を御救い為され下さります。
その上にも 類焼の町々の者共へ 猶又、玄米 1万石増しを下されます。
米 渡し場所
下立売釜座 守護職屋敷
壬生寺 寺町道場
右(*上)の通り 御高札 三条大橋五条大橋詰へ
~~~~~~
右(*上)の通り 御高札 御触れ下され置かれます。
町々役人中も 銘々 混雑の中とは申しながら、御上様のあつき思召し 捨て置きかたく(*難く)、猶其上(*なお その上)軒別に黒米を1俵つゝ 下され置かれ、皆 夫々(*それぞれ)町役人へ引請(いんじょう・*物事を自分の責任下に置き)し、離散の者をさかし(*
探し)求めて。
14(13+14)

15(14+15+16)

16(16)

17(17)

(*意訳)
斯の如く(*かくのごとく)暫時(*ざんじ)のうちに、洛中 残らず灰燼(かいじん・*灰と燃え殻)となり果る事 恐ろしき事ならずや、御所様より南を見渡せば、東が賀茂川、西は堀川、下は七條 野の果も、たヾ一面の野原となりにけり。
諸人の住みし所へ立戻る事ならず、漸く(*ようやく)土蔵の前にさし掛をして、家持の者は少しの假家 縄からみにして、黒米を煮て、是(*これ)をいたヾき、杉皮わらぶき、是も(*これも)ちら〱(*ちらちら)建てゝ、其外(*そのほか)は色の かはりし(*変わりし)土蔵のみ。
見渡せば わら杉皮を とり交えて
みやこは春の 田舎なりけり
此(*この)大変につきては 種々の難渋、或は忠節義心 孝道貞操、又は争い 哀 憐れみあやまりのかなしみ、その甚だしき(はなはだしき・*非常に多い)数々 筆に尽くしかたく(*難く)、皆 是(*これ)天災にて 其(*その)身に応ぜぬ驕奢(きょうしゃ・*放漫で贅沢)を天よりと かめ給うと思へば、必ず うらむべきにあらず。
たゝつゝしむへきの(*ただ慎むべきの)第一なり。
前川 五嶺 先生 画
*参考資料:維新史跡会 編 維新史蹟図説 京都の巻
東山書房(大正13)国立国会図書館所蔵のものより、その他。
この編、了。
本編は、京都大学帰朝資料デジタルアーカイブより京都大学「維新特別資料文庫」のコレクション・史料より甲子兵燹図 2巻の掲載です。
下巻:復古之基礎
この資料は、品川弥二郎子爵の歿後、攘堂尊保存委員会から京都大学図書館・本館に寄贈されたもので、京都大学・維新特別資料文庫の名の元に、●「Free License 」二次利用自由●のものから全て、「著作権満了確認済」のものです。
写真は典拠先を明確にするため、レコードID を付記。
また、見やすくするために写真枠外は多少、画像処理をしています。
* は、投稿者の付記です。
● 原資料図
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
16
17
●「Free License 」二次利用自由●の観点から、以上、を再編成(画像を文章を分離)して、画像については「イメージ画像」を掲載して、再度、見てみることにします。
番号付けの( )内のものは、上述の原資料図の番号です。
(*意訳)には、読みやすくするために、句読点を適宜に入れました。
01(01+02)
(*意訳)
・・・賀茂川筋へ逃出し 人々 其(その)数をしらず、19日 夜より20日、21日 先づ(*まず)火は鎮り(*しずまり)けれども、何處かへかへる(*帰る)處もなければ、川原に暮す人もあり、非人(ひにん・*江戸期の賤民の身分の呼称で、所謂、士農工商には属さないが、往時、公家や医師などと同様に、あくまでも身分制度上の身分とされていた。)と同じ姿なり。
02(02+03+04)
03(04)
(*意訳)
相應に暮せる人々、召遣ふ(*めしつかう)者ども 跡に残し、家内、老人、或は子息等めし具し(*めしぐし・*目下の人や家来を伴い)逃来りて、後の様子を尋ねるに、噂 まち〱(*まちまち)本家は迚も(*とても)たすかるまじ(*助からないだろう)、せめて土蔵は無難に残したしと、神に祈り、佛に念じ するうち、一箇所は恙なかれ(つつがなかれ・*病気や災いがなく、無事)とも、二箇所は どふやら火が入りし様子と、注進するに 捨おかれず、少しなりとも助けたし と、逃散る人を頼み、頻りに(*しきりに)水の手龍咄水(りゅうどすい・*龍が水を吐くように見える火消の道具)、いのち限りと はたらけど、煙るむすび、暑気の強さ、漸々(*ようやく)かき出す出ては、半分焼けて無益なり。
04(04+05)
05(05)
(*意訳)
22日になれば、火は悉く(*ことごとく)治れど、又 火に不自由する焼場のあと、炭薪さへ まゝならず。
蔵の落たる人々は 家内 娘も下女つれて、何もやけたかも 焼けたと見せる人も 見るものも、涙にくれる ばかりなり。
06(06+07)
07(07)
(*意訳)
21日朝までに、あちこち日の影も鎮まらず(*しずまらず)ありしかど、大津、伏見、北山、西山に逃し人々も、我家の安否 いかゞと戻れども、危ふき火の跡にて、火勢も強く炎暑も つよし、何方を見れば山ばかり。とこの(*どこの)町やら 辻ろうじ(*辻路地)、堂も社も目あて なし。
まづ焼場所の果々(*はて はて)も 廻り〱(*廻り廻り)て、中京の神社、佛閣、御屋敷、大家、名家古跡、名所、残る所は禁裏御所、是(これ)そ嬉しき ひとつにて、荒々 こゝに写し置く。
08(07+08)
09(08+09)
(*意訳)
7月19日 朝より 五つ前時(*午前8時頃)より20日 夜 寅の下刻(*午前5時)迄 焼失の町数、凡そ(*およそ)
町数 811町
かまど数 27,513軒
焼落土蔵 1,207ヶ所
橋梁 41ヶ所
宮御門跡 3箇所
芝居小屋 2箇所
堂上方 18軒
髪結所 132ヶ所
諸家御屋敷 51ヶ所
番部屋 562ヶ所
寺社 253ヶ所
非人小屋 1ヶ所
右(*上)の外(他)、諸境内、寺中、建家、数多 之有(*これあり)、御屋敷内の建家抔(*など)略之(*これを略する)。
皆 夫々(*それぞれ)に立帰り我町さへも わかりかね、こゝか こちの入口か、焼た瓦をかきのけて、井戸のあたりや、走り棚、ここが椽先(えんさき・*縁先)、廻り椽(まわりぶち・*部屋の天井と壁の境目に取り付ける部材)、鋏(*はさみ)、剃刀(ていとう・*かみそり)、金盥(*かなごて)、出刃包丁、金杓子(かなじゃくし・*金属製の杓子)、あふり子、熾撹(おきかき)、かなひ箸(*金火箸)、かたちはあれど 間に合はず、古き神社も、佛閣も、石の鳥居も、燈籠(*とうろう)も、からかね(唐金、青銅)、真鍮(*しんちゅう)、銅類も、皆々 灰となりはてゝ、太き樹木は真黒に、松も紅葉も椶櫚(*しゅろ)の木も、芭蕉は やつれたる姿 だもなし(*仕方がなし、花壇に植えし女郎花、桔梗、すゝき や、藤袴(ふじばかま)、小鉢ならべし朝顔の翌はさけよと、まちはひし(*待ちわびし)、壺に生出しの蓮の花、たき木となるは、梅さくら、佛に捧る(ささげる)それさへも、なさけなしと おしみしに(*惜しみ)しに
おく露の 置ところなし やけかはら(*焼け瓦)
10(09+10)
11(10)
(*意訳)
店に商う人々 一日 無能に暮されず、暫時(*ざんじ)も早く商賣(*商売)に かゝる木材大工も皆 焼後 近在を走り、浪華(*大阪)へ下りて、材木を調べ、瓦も さらに手廻らねば、わら葺屋根、むしろ屋根、苦にて葦(*あし)は雨 もれて、蔵の日さしも俵屋根。
残りたる土蔵には、大事なものもあるなれば、替る〴(*替る替る)に夜の番。
昼は焼場の蝋だらけ、夜は 蚊のせめて(*蚊が攻めて)寝もつかず
焼けあとに かこひもつらず 秋の月
むし(*虫)よりも 泣人多し 京の秋
8月の中旬に至れば、今日 暮らしの者は、徒らに日を送りても居られず、近在へ頼みて薬を求め、纔に(*わずかに)二畳敷程の家を縄からみ、或は板屋根、床に焼瓦を積で、むしろを置、便所雪隠(*せっちん)こもむしろ、はや秋風の身にしめど(*染めど)、家業なくては過行かれるず、土蔵の前に板屋根して、女子供は外に預け、我ものは月も雨も、風も、洩れ来る菊月に
菊の根に かなしとなくや(*悲しと鳴くや) むしの聲(*声)
古(*いにしえ)の歌を思出して
月は洩り 雨はたまれど(*溜まれど)とにかくに
くらのひさし(*蔵の庇)を 葺(*ふき) そわつらふ(*幸あれ の意)
12(11+12)
13(12)
(*意訳)
22日 やう 〱(*やうやう)火勢 鎮まりければ、諸方へ逃出し人々、少々宛 持ち出しゝ品をたづさへ(*携え)、親類縁者を ちからに来り、散々に別れし者ども 尋求め 其身 ゝ(*其身 其身)の安否を喜び けれども、今日の喰事(*食事)に飢る者 多き所に、御公儀様より町々江(*へ)安心すべき御觸(*御触れ)あり。
~~~~~~
御高札之写
今度 類焼に逢 渋難き(じゅうなんき・*険難で歩きにくいこと、転じて物事がなめらかに進まないこと)者は、米銭 又は粥等 御救い下さるので、運路 捗取り(*はかどり)難く 京積米 払い底の赴きに付き、京中の一体へ御救いするため、玄米5斗入り 1万俵を安直に御売り下されるに相、成る赴き、一人に付き玄米一升代 百文の積、一人 別に切手 相、渡すので右(*上)の切手をもって引き替え申すべく存じる。
但し、切手は町役人へも相、渡すので、借屋人共 離散致した者は町へ立ち戻り、町役人にて請け取る(*受け取る)ように申すべく存じる。
今度 (*火災の)類に逢 渋難き(じゅうなんき・*物事がなめらかに進まないこと)者え(*者) 米銭 又は粥等 御救い下さるけれども、運路 捗取り(*はかどり)難く 京積米 払い底の赴きに付き、猶(*なお)御仁恵(じんけい・*なさけ)をもって 取り敢えず 市中一体へ玄米を御救い為され下さります。
その上にも 類焼の町々の者共へ 猶又、玄米 1万石増しを下されます。
米 渡し場所
下立売釜座 守護職屋敷
壬生寺 寺町道場
右(*上)の通り 御高札 三条大橋五条大橋詰へ
~~~~~~
右(*上)の通り 御高札 御触れ下され置かれます。
町々役人中も 銘々 混雑の中とは申しながら、御上様のあつき思召し 捨て置きかたく(*難く)、猶其上(*なお その上)軒別に黒米を1俵つゝ 下され置かれ、皆 夫々(*それぞれ)町役人へ引請(いんじょう・*物事を自分の責任下に置き)し、離散の者をさかし(*
探し)求めて。
14(13+14)
15(14+15+16)
16(16)
17(17)
(*意訳)
斯の如く(*かくのごとく)暫時(*ざんじ)のうちに、洛中 残らず灰燼(かいじん・*灰と燃え殻)となり果る事 恐ろしき事ならずや、御所様より南を見渡せば、東が賀茂川、西は堀川、下は七條 野の果も、たヾ一面の野原となりにけり。
諸人の住みし所へ立戻る事ならず、漸く(*ようやく)土蔵の前にさし掛をして、家持の者は少しの假家 縄からみにして、黒米を煮て、是(*これ)をいたヾき、杉皮わらぶき、是も(*これも)ちら〱(*ちらちら)建てゝ、其外(*そのほか)は色の かはりし(*変わりし)土蔵のみ。
見渡せば わら杉皮を とり交えて
みやこは春の 田舎なりけり
此(*この)大変につきては 種々の難渋、或は忠節義心 孝道貞操、又は争い 哀 憐れみあやまりのかなしみ、その甚だしき(はなはだしき・*非常に多い)数々 筆に尽くしかたく(*難く)、皆 是(*これ)天災にて 其(*その)身に応ぜぬ驕奢(きょうしゃ・*放漫で贅沢)を天よりと かめ給うと思へば、必ず うらむべきにあらず。
たゝつゝしむへきの(*ただ慎むべきの)第一なり。
前川 五嶺 先生 画
*参考資料:維新史跡会 編 維新史蹟図説 京都の巻
東山書房(大正13)国立国会図書館所蔵のものより、その他。
この編、了。
京都市内の史蹟を、観光目的を兼ねて歴史を織り混ぜながら、紹介していくものです。
京都市内の史蹟を、観光目的を兼ねて歴史を織り混ぜながら、紹介していくものです。


この記事へのコメント