京都史跡散策274-1 詩仙堂と石川丈山 1

京都史跡散策274-1 詩仙堂と石川丈山 1

詩仙堂
【位置】左京区一乗寺門口町
【交通】市バス・一乗寺下り松町、徒歩10分。 拝観料・要。
石川丈山の山荘跡。
本尊:馬郎婦観音(めろうふかんのん)
建物内の撮影は不可。庭園は可。

山門(小有洞の門)
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山門前の道路の反対側にある
駒札によると・・
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詩仙堂(しせんどう)
正しくは、六六山(ろくろくざん)詩仙堂丈山寺(じょうざんじ)と号する曹洞宗(*永平寺派)の寺院である。
もとは、江戸時代の文人・石川丈山が、寛永18年(1641)に隠棲(せい)のために建立した山荘「凹凸窠(おうとつか)」(でこぼこした土地に建てた住居の意味)で、昭和41年(1966)に寺に改められた。

詩仙堂の名は、狩野探幽(かのう たんゆう)らの筆による36人の中国の詩人の肖像と丈
山自らが書いた各詩人の詩が四方の壁に掲げられた「詩仙の間」に由来する。
丈山は、三河国(みかわのくに)(現在の愛知県)安城に生まれ、徳川家康に仕えていたが、禄を辞して京都に住み、詩作に励むとともに林羅山ら一流の文化人と交わり、茶道においては煎茶の奥義を極めた。
晩年はこの地で悠々自適の生活を行い、寛文12年(1673)に90歳の天寿を全(まっと)うした。

回遊式の庭園は白砂と皐月(さつき)の刈り込みが美しく、藤、花菖蒲(はなしょうぶ)、杜若(かきつばた)、紫陽花(あじさい)、萩(はぎ)、山茶花(さざんか)など、四季それぞれに美しい姿が楽しめる。
東には滝が配置され、鹿や猪が庭園を荒らすのを防ぐため、また一説には山荘の静寂を慰めるために丈山が考案したといわれる僧都(そうず)添水、鹿(しし)おどし)の音が、静かな庭園に風情を添えている。
 毎月5月23日には、丈山忌が営まれる。
           京都市
             と、ある。

この駒札の裏側、すなわち、北側、南面に石標がある。
【石標】
表面(西側)・石川丈山翁旧跡
裏面(東側)・大正八年十二月建之
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詩仙堂は、平成29年12月11日から平成30年3月31日の間、本堂茅葺屋根葺替え、
棒架設備・貯水槽改修の工事が行われた。


山門を潜ると、階段があり、登りつめて更に東向きの階段を登ると、さらに門がある。
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これが、●老梅関の門 で、梅関 の扁額が揚がる。
老梅関の門
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かつ、竹の小径を通して、老梅が三株があり、その影が横斜で、寒さ厳しい時節の友となったので、この名がある。
その先には、季節(4月下旬)により、霧島つつじが、その少汗を飛ばしてくれるように迎えてくれる。  そして玄関を入る。
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玄関の上は、3階建てで、丈山公が、月に対してほろ酔いながら、詩歌を吟詠したしたことにちなみ、●嘯月楼(しょうげつろう)と云う。

左上上部・嘯月楼(しょうげつろう)と一階・中央の読書の間・猟芸巣(至楽巣とも)
07・IMG_6704 嘯月楼●1280x960.JPG

玄関の左手は四畳半で、駒札のように、中国の漢・晋・唐・宋の時代の人の中国の詩人の肖像画と、丈山自らが書いた各詩人の詩が四方の壁に掲げられ、
●詩仙堂(詩仙の間)、○読書の間・○猟芸巣(りょうげいそう)、○至楽巣とも云われる。
などがある。
この内、嘯月楼と詩仙の間の部分が丈山当時の建築で、他は、改築されている。

広間からの白砂の庭
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紅葉時の詩仙堂
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詩仙堂の十境とは

広間からの白砂の庭の左側、至楽巣の前面には、
●洗蒙瀑(せんもうばく) 
蒙瀑(もうばく・物事の道理に疎い曖昧さ)を洗うの意で、剛々しい岩に注ぐ水玉が当たり、転がる如く。
23・IMG_6753●洗蒙瀑(せんもうばく) (960x1280).jpg

●鹿(しし)おどし(添水、僧都とも。)
これを庭園に初めて取り入れたのは、丈山とも云われる。
24・IMG_6709● 鹿(しし)おどし(1280x960).jpg

●流葉はく。滝が流れ込む、はく(浅い)池。
水が流れて一つの池になり、白砂を横に落ちて流れた庭木の葉も水底にも積もる。
25・IMG_6754 ●●流葉はく。 (1280x960).jpg

が、ある。

少し纏める(まとめる)と・・
詩仙堂(凹凸か)には、十境があると云われる。
これは、石川丈山が選んだ建物、庭の10個の要素である。
○入口に建つ「小有洞の門」
参道を登りつめたところに建つ「老梅関の門」
○詩仙堂(詩仙の間)
○読書室である「猟芸巣(りょうげいそう)」
 「至楽巣」とも云われる。
○堂上の「嘯月楼(しょうげつろう)」
○至楽巣の脇の井戸「膏盲泉(こうこうせん)」
○持童の間「躍淵軒(やくえんけん)」
○蒙昧を洗いさる滝「洗蒙瀑(せんもうばく)」
○滝が流れ込む池「流葉はく」
○下の庭に百花を配した「百花塢(ひゃっかのう)」
         が、知られる。



庭内の散策
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句碑・ふたつ
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庭内を西に下り、土橋を左に渡ると山裾の庭で、見上げる傾斜の山裾にある。

右側は、
40・IMG_6742●野風呂 (1280x960).jpg

○鈴鹿 野風呂 句碑
野風呂
さにづらふ 紅葉能(の) 雨の 
詩仙堂  
野風呂翁は、この庭を愛で、500近くの句を詠んだと云われる。
自筆で、野風呂翁と親しかった住職・石川啄堂師により、昭和35年5月22日に建碑。
鈴鹿 野風呂(すずか のふろ)は、京都生まれの俳人。高浜虚子に師事。
柳原 極堂が創刊の「ホトトギス」の同人。
「ホトトギス」は、夏目漱石が、小説・吾輩は猫である・坊っちゃん の発表で
知られる。

左側は、
41・IMG_6743●寿保 (1280x960).jpg

○日下部 寿保 句碑
柿のこす 枝に夕日の 
詩仙堂  寿保
 昭和四十七年 日下部孝一
自筆。
日下部 寿保は、野風呂翁に師事した俳人。
「京鹿の子」の同人でもあった。


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