「ゴンクールの歌麿」を読んで観る 16・第21-23章 完
本篇は、ゴンクール著・歌麿(明治24年、出版)野口 米次郎 訳(昭和4年、刊行)の底本を、あくまで趣味的に、現代語訳で読み解くものです。
(図は全て底本・著作権満了のものより)
● 21章
歌麿は、その作品中にあらゆる種類の構図を持っている。
彼は、それによって芸術的で偉大な創造的才能を持ったことを証明している。
私は、その一例として「余人の睡眠者」と題する作品をあげたい。
本図において歌麿は昔の大家が残したデッサンを模写して、それを背景に使っている。
この場景は、ドーミエの恐ろしく滑稽な筆によって現わされた古代史の場面と関係がないと云われないものである。
さらに又、別の作品に、その例を求めると彼が人間に動物の変性を見出した図がある。
彼は人間の姿を動物に求めるのでなく、その優れた動物研究の結果として、彼は人間にある動物の姿と不安らしいものを与えたのである。
最後に、もう一つの例としてあげるが、それは全く別な種類のもので、その各画の上方に一対の眼鏡が描かれていて、その一方には「親の目鏡」とあり他の一方には「教訓」と書いてある。
これは、親が娘に対する倫理的批判を意味するであろう・・・
若い女性が老人を喜ばせ満足させる私的生活を描いた揃物としてみられるものである。
・・・・・・・・
*21章・参考図1
教訓親の目鏡の内 ぐうたら兵衛
大判錦絵
「喜多川歌麿・後編」
野口米次郎 著 (富書店、1946年)
(著作権満了)

本揃物は享和3年頃の製作にかかる。
その壮枚数10枚か20枚か判然しないが、高橋氏蒐集なかに「理口もの」「ばくれん」「酩酊」「憎振(にくぶり)」「浮気」「下作者(ふでかしもの)」「もの好」に本図の「ぐうたら兵衛」があって、殊に本図が揃物中の傑作であろう。
果たして、これが俗に云う ぐうたら兵衛に相応しい心理描写であるかどうかは知らないが、本図は描線と配色との上に特色 なきにあらず である。
大判 長方形の画面へ人物を右下部から斜めに のぞかした具合は妙であるが、もし上部の書き入れ詞がなかったならば、どんなに画面の空間が生きたであろうと、思われる。
これを配色からみると薄藍と紅の二つの好調和は、鳥居 清広などの紅絵に見る様な淡雅美に髣髴(ほうふつ・*髣髴)たるところがないでない。
歌麿の晩年は悲しいものであったが、時にこう云う面白いものを作っている。
本図は高橋蒐集中のもの。
製作時代は享和3年(*1803年)。
版元は鶴屋。
・・・・・・・・
21章・参考図2
教訓親の目鏡の内 ばくれん

本図は高橋蒐集中のもので、
前図「ぐうたら兵衛」に劣らない芸術価値がある。
錦絵と云うものの本図の如きは、淡彩の墨絵に近い。
色らしいものが、下題の老眼鏡と女性が手に持つ蟹と抔中の酒と頭髪にさした竿とに施されているのみである。
こう云う簡単な調色であるが、その芸術的効果は喜ばしい。
―――――――
★第57図・「美人行列の図」
*「見立唐人行列」
大判錦絵

本図は、◆六枚続きであるが、ここにはその最後のもの、すなわち右端を一枚を出した
のである。
その解説は、本文第5章の中にある。
(*第5章の文中の再掲)
・・ゴンクールは、歌麿の目ぼしい続物を大概語っているが、それでも大きなものを2、3 逸している。
『両国橋上橋下図』六枚続もゴンクールは書いていない・・・
この図の芸術的価値は、とにかくとして、歌麿の大作である事は誰も認めねばならない。
橋上の図は、たくさんの美人が列を作って橋を渡る場面で、橋下の方は、美人を載せている屋形船の図である。
色彩の配合と船や橋柱や水などの関係上におもしろ味のある作品である。・・・
*おそらく、上記の説明では『両国橋上橋下図』のことを指していると思われるが、そうではなく、下記の図は(◆7枚続き)「見立唐人行列」の内の一枚である。
又、この◆7枚続きの「見立唐人行列」は、2019年7月に栃木県那須塩原市の医師の自宅での保管が判明して話題となり、2021年4月24日~5月5日、那須野が原博物館で初公開された。
―――――――
★第58図・「相合傘」
大判錦絵

歌麿は、寛政末から享和にかけて、この種のものをいつも描いている。
本書は、その中で一番いい出来のものである。
これは、梅川と忠兵衛の道行であろう。
*寛永17年(1640年)7月、中村座は、「恋飛脚」を出して、男女蔵が忠兵衛三郎の梅川を演じて評判を取っている。
本図は恐らく、それに因んで作られたものであろう。
版元は鶴屋 金助である。
――――――――
● 22章
時には歌麿は現実生活を捨てて、夢のうちに美しい空想を馳せる図も描いている。
私は彼の夢を題材に取った12枚の揃物を意味するのであるが、それらの図は眠っている男、あるいは女性の夢が動作を伴って現れている所を描いたものである。
日本人は、夢は脳からでなく胸から出ると想っているのか、あたかも我々の聖人の口からでる護符のように、それらの図を見ると夢がコウモリ形をして、その上部へと拡がり、段々と大きくなっている。
ここに若い娘が立派な食事を思っている夢がある・・・
すなわち、彼女は貪るように食物を食べている。
(*「見るが徳栄花の一睡」の内、禿の夢(かむろのゆめ) を参照。ボストン美術館所蔵。)
また若い美しい娘が姫君となった夢をみている図もある。
彼女の乗物は大勢の従者によって護衛されて田舎道を練っていく所がそれに描いてある。
また、吉原遊女の夢を描いてある。
また、この風刺的な揃物の中には、歌麿は、ただ人間の夢ばかりでなく動物の夢を取り扱っている。
老いた猫の夢を描いた図に、猫の若い時代に主人の魚を泥棒した所を見つかり、亭主にその背中を捕えられ、女房に太い火吹竹で打たれようとしている所が描いてある。
(*「猫の悪夢」を参照。)
――――――――
● 23章
歌麿は、その時代のだれよりも一層人気を集めていた。
この世紀の初めに当たって、ある一人の旅商人が引き続き逍遥のために北国地方を旅していたが、彼は素人ながら版画に熱狂的な興味を持っていたので、その通過する町々の蒐集家を訪問した。
この旅人は(*歌川)豊国が殆ど知られていないのに、歌麿は日本国中を通じて最も偉大な画家として認められていた、と云うことを断言している。
私は版画の中で、歌麿の人気を証明する一作品を発見している。
それは歌麿の特徴を持っている刷物であるが、確かに彼の弟子の一人が描いたものである。
それは愉快な大きな船が描いてある図であって、その船は女性の乗客で一杯になっている。
歌麿の筆は一生を捧げて、これらの美しい女性達を描き続けてた・・・
この船には名前がついている。
曰く「うたまろ船」。
前記の旅商人の話と「うたまろ船」との画によって、晩年における彼の書房は、毎日、
依頼者や版者のために詰めかけられた。
実に日本に彼以外に芸術家がいなかったようであった、と云う人もある。
歌麿の画才は、支那でも等しく認められていた。
支那の船商人が長崎に上陸すると、直ぐに彼の彩色摺版画を たくさんに買い入れたものであった。
―――――――
★第59図 青楼六家選 唐歌
大判錦絵

本図は享和2、3年(*1802、3年)頃の作品で、最早、歌麿にも昔日の芸術はない、と云わねばならない。
人物を右側に寄せて描いた芸術的奇智は、感服に価するが、人物の顔も のっぺりし過ぎて旨味がない。
画面に表現されている感じも小さい。
―――――――
第60図 兄弟睦敷図目出度三幅対
大判錦絵

最早、歌麿も昔日の面影はないが、これなどは彼の衰退期を輝かす夕日の一種と見ることの出来る作品である。
彼も老いて倫理的になったものか、本図の如きは、遊里の姿でない。
座っている娘の手に持つ書物は論語であって、
「子曰巧言令色恭左丘明恥之云々」の文字が読める。
立っている娘の着物は黒地に桜花が陰陽に染め抜いてある。
紅の下着に、破れ芭蕉を紅にした帯をしめている。
座っている娘は膝の上に反物を載せ、鼠潰しの背景が本図に柔らかい情調を添えて
いる。
享和2年(*1802年)頃の作品であろう。
歌麿の芸術も段々、最後に近づいて行く。
―――――――
★第61図 橋下釣の男女

本図は、前出60図の
「兄弟睦敷図目出度三幅対」や「近代七才詩歌」の揃物と同時代に出来たものである。
「近代七才詩歌」も本図も、歌麿画初めて試みた大判短冊形で、本図において歌麿は人物の影が見ずに映じている所を描いているが、一寸、思いつきである。
この時代になると彼の人物は、表情が薄っぺらで、前時代の作品におけるように落着いた艶麗美に乏しい。
故に画面が極めて小さく見えてならない。
―――――――
★第62図 二柱かけ

歌麿は、柱かけ形のあくには、さしたる手腕がなかった。
黒の頭巾を被って風に逆らいながら行く女性は、まるで清長の柱絵「藤花の下を行く女」を模倣して及ばざるものか。
徒(*いたずら)に誇張したかの感のみが、眼だって、さほど面白いとは思われないが、歌麿の柱絵の中では、上出来のものであることは云うまでもない。
もう一枚の方の「梅川と忠兵衛」は、いわゆる歌麿式のもので、極めて無難の作である、と云える。
おそらく彼の柱絵の中で、最も成功したものであるかも知れない。
―――――――
★第63図 蛇と とかげ
彩色摺「絵本虫撰」

本図は、天明8年、蔦屋出版の大本二冊
彩色摺「絵本虫撰」より抜いたもの。
本書に関する詳細は、本文、17章の冒頭を見ること。
*再掲載、第17章の冒頭の部分。
・・・
歌麿は鳥類や爬虫類や貝殻などを、それは実際に小さい自然の現象であるが、それらを最も正確に最も確実に、また最も写真的に描こうと企てて、そして最も立派な描き手となった。
しかし、このことは理想的美人画家に対し、殆ど本当らしくない信じられない不思議な
事柄である。
また彼がその当時、その種の最も緻密な博物学的な、同時に最も芸術的な画家となろうと希望したと云うことに対しても奇異な感がなきを得ない。
彼の自然の生物などを取り扱った作品は次の三絵本の中に見ることが出来る。
「絵本百千鳥」「▲絵本虫撰」「汐干のつと」これらは実際に、ヨーロッパのいかなる国に
おいても到底、印刷することが出来ないほど精巧無比の木版印刷によって創られたデッサンである。 ・・・
―――――――
★第64図 ゑなかと目白
彩色摺「百千鳥」

本図は、寛政初年、蔦屋出版の大本二冊
彩色摺「絵本虫撰」より抜いたものである。
本書に関する詳細は、
本文、第17章の冒頭を見ること。
*再掲載、第17章の冒頭の部分。
・・・
彼の自然の生物などを取り扱った作品は次の三絵本の中に見ることが出来る。
「絵本百千鳥」「▲絵本虫撰」「汐干のつと」これらは実際に、ヨーロッパのいかなる国においても到底、印刷することが出来ないほど精巧無比の木版印刷によって創られたデッサンである。 ・・・
―――――――
★第65図 汐干狩り
彩色摺「汐干のつと」

本図は、寛政初年、蔦屋出版の大本二冊
彩色摺「絵本虫撰」より抜いたものである。
本書に関する詳細は、本文、第17章の冒頭を見ること。
―――――――
★第66図 桜見
彩色摺「普賢像」

本図は、寛政2年、蔦屋出版の大本二冊
彩色摺「普賢像」より抜いたものである。
本書に関する詳細は、本文、第17章の冒頭を見ること。
*第20章、再掲。
・・・
私は1790年の日付のある珍本を一冊、持っている。
その表題は「普賢像」と云い、江戸の花見を題材としたものである。
(*後述の66図、参照。)
・・・
「普賢像」
大本一帖 彩色摺絵本は、寛政2年 蔦屋版にかかる。
本絵本を見ると、歌麿は寛政期に入るや既に一家の独自的芸術を成立し始めたことが明瞭である。
中でも飛鳥山の観桜の画面が、いい出来だと私は思う。
その図の左手にごちゃごちゃと沢山の女性を樹木に集め、右手にばらっと描いた男に対照された構図の意匠は我が意を得ている。
この絵本の序は、後巴人 亭光と云う人が書いている。
*この普賢像には、「吉原の桜」「御殿山の桜」「上野山の桜」「飛鳥山の桜」「小金井の桜」の五図が収載されており、いわゆる江戸およびその近郊の桜の名所が描かれている。
この編 完。
(図は全て底本・著作権満了のものより)
● 21章
歌麿は、その作品中にあらゆる種類の構図を持っている。
彼は、それによって芸術的で偉大な創造的才能を持ったことを証明している。
私は、その一例として「余人の睡眠者」と題する作品をあげたい。
本図において歌麿は昔の大家が残したデッサンを模写して、それを背景に使っている。
この場景は、ドーミエの恐ろしく滑稽な筆によって現わされた古代史の場面と関係がないと云われないものである。
さらに又、別の作品に、その例を求めると彼が人間に動物の変性を見出した図がある。
彼は人間の姿を動物に求めるのでなく、その優れた動物研究の結果として、彼は人間にある動物の姿と不安らしいものを与えたのである。
最後に、もう一つの例としてあげるが、それは全く別な種類のもので、その各画の上方に一対の眼鏡が描かれていて、その一方には「親の目鏡」とあり他の一方には「教訓」と書いてある。
これは、親が娘に対する倫理的批判を意味するであろう・・・
若い女性が老人を喜ばせ満足させる私的生活を描いた揃物としてみられるものである。
・・・・・・・・
*21章・参考図1
教訓親の目鏡の内 ぐうたら兵衛
大判錦絵
「喜多川歌麿・後編」
野口米次郎 著 (富書店、1946年)
(著作権満了)
本揃物は享和3年頃の製作にかかる。
その壮枚数10枚か20枚か判然しないが、高橋氏蒐集なかに「理口もの」「ばくれん」「酩酊」「憎振(にくぶり)」「浮気」「下作者(ふでかしもの)」「もの好」に本図の「ぐうたら兵衛」があって、殊に本図が揃物中の傑作であろう。
果たして、これが俗に云う ぐうたら兵衛に相応しい心理描写であるかどうかは知らないが、本図は描線と配色との上に特色 なきにあらず である。
大判 長方形の画面へ人物を右下部から斜めに のぞかした具合は妙であるが、もし上部の書き入れ詞がなかったならば、どんなに画面の空間が生きたであろうと、思われる。
これを配色からみると薄藍と紅の二つの好調和は、鳥居 清広などの紅絵に見る様な淡雅美に髣髴(ほうふつ・*髣髴)たるところがないでない。
歌麿の晩年は悲しいものであったが、時にこう云う面白いものを作っている。
本図は高橋蒐集中のもの。
製作時代は享和3年(*1803年)。
版元は鶴屋。
・・・・・・・・
21章・参考図2
教訓親の目鏡の内 ばくれん
本図は高橋蒐集中のもので、
前図「ぐうたら兵衛」に劣らない芸術価値がある。
錦絵と云うものの本図の如きは、淡彩の墨絵に近い。
色らしいものが、下題の老眼鏡と女性が手に持つ蟹と抔中の酒と頭髪にさした竿とに施されているのみである。
こう云う簡単な調色であるが、その芸術的効果は喜ばしい。
―――――――
★第57図・「美人行列の図」
*「見立唐人行列」
大判錦絵
本図は、◆六枚続きであるが、ここにはその最後のもの、すなわち右端を一枚を出した
のである。
その解説は、本文第5章の中にある。
(*第5章の文中の再掲)
・・ゴンクールは、歌麿の目ぼしい続物を大概語っているが、それでも大きなものを2、3 逸している。
『両国橋上橋下図』六枚続もゴンクールは書いていない・・・
この図の芸術的価値は、とにかくとして、歌麿の大作である事は誰も認めねばならない。
橋上の図は、たくさんの美人が列を作って橋を渡る場面で、橋下の方は、美人を載せている屋形船の図である。
色彩の配合と船や橋柱や水などの関係上におもしろ味のある作品である。・・・
*おそらく、上記の説明では『両国橋上橋下図』のことを指していると思われるが、そうではなく、下記の図は(◆7枚続き)「見立唐人行列」の内の一枚である。
又、この◆7枚続きの「見立唐人行列」は、2019年7月に栃木県那須塩原市の医師の自宅での保管が判明して話題となり、2021年4月24日~5月5日、那須野が原博物館で初公開された。
―――――――
★第58図・「相合傘」
大判錦絵
歌麿は、寛政末から享和にかけて、この種のものをいつも描いている。
本書は、その中で一番いい出来のものである。
これは、梅川と忠兵衛の道行であろう。
*寛永17年(1640年)7月、中村座は、「恋飛脚」を出して、男女蔵が忠兵衛三郎の梅川を演じて評判を取っている。
本図は恐らく、それに因んで作られたものであろう。
版元は鶴屋 金助である。
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● 22章
時には歌麿は現実生活を捨てて、夢のうちに美しい空想を馳せる図も描いている。
私は彼の夢を題材に取った12枚の揃物を意味するのであるが、それらの図は眠っている男、あるいは女性の夢が動作を伴って現れている所を描いたものである。
日本人は、夢は脳からでなく胸から出ると想っているのか、あたかも我々の聖人の口からでる護符のように、それらの図を見ると夢がコウモリ形をして、その上部へと拡がり、段々と大きくなっている。
ここに若い娘が立派な食事を思っている夢がある・・・
すなわち、彼女は貪るように食物を食べている。
(*「見るが徳栄花の一睡」の内、禿の夢(かむろのゆめ) を参照。ボストン美術館所蔵。)
また若い美しい娘が姫君となった夢をみている図もある。
彼女の乗物は大勢の従者によって護衛されて田舎道を練っていく所がそれに描いてある。
また、吉原遊女の夢を描いてある。
また、この風刺的な揃物の中には、歌麿は、ただ人間の夢ばかりでなく動物の夢を取り扱っている。
老いた猫の夢を描いた図に、猫の若い時代に主人の魚を泥棒した所を見つかり、亭主にその背中を捕えられ、女房に太い火吹竹で打たれようとしている所が描いてある。
(*「猫の悪夢」を参照。)
――――――――
● 23章
歌麿は、その時代のだれよりも一層人気を集めていた。
この世紀の初めに当たって、ある一人の旅商人が引き続き逍遥のために北国地方を旅していたが、彼は素人ながら版画に熱狂的な興味を持っていたので、その通過する町々の蒐集家を訪問した。
この旅人は(*歌川)豊国が殆ど知られていないのに、歌麿は日本国中を通じて最も偉大な画家として認められていた、と云うことを断言している。
私は版画の中で、歌麿の人気を証明する一作品を発見している。
それは歌麿の特徴を持っている刷物であるが、確かに彼の弟子の一人が描いたものである。
それは愉快な大きな船が描いてある図であって、その船は女性の乗客で一杯になっている。
歌麿の筆は一生を捧げて、これらの美しい女性達を描き続けてた・・・
この船には名前がついている。
曰く「うたまろ船」。
前記の旅商人の話と「うたまろ船」との画によって、晩年における彼の書房は、毎日、
依頼者や版者のために詰めかけられた。
実に日本に彼以外に芸術家がいなかったようであった、と云う人もある。
歌麿の画才は、支那でも等しく認められていた。
支那の船商人が長崎に上陸すると、直ぐに彼の彩色摺版画を たくさんに買い入れたものであった。
―――――――
★第59図 青楼六家選 唐歌
大判錦絵
本図は享和2、3年(*1802、3年)頃の作品で、最早、歌麿にも昔日の芸術はない、と云わねばならない。
人物を右側に寄せて描いた芸術的奇智は、感服に価するが、人物の顔も のっぺりし過ぎて旨味がない。
画面に表現されている感じも小さい。
―――――――
第60図 兄弟睦敷図目出度三幅対
大判錦絵
最早、歌麿も昔日の面影はないが、これなどは彼の衰退期を輝かす夕日の一種と見ることの出来る作品である。
彼も老いて倫理的になったものか、本図の如きは、遊里の姿でない。
座っている娘の手に持つ書物は論語であって、
「子曰巧言令色恭左丘明恥之云々」の文字が読める。
立っている娘の着物は黒地に桜花が陰陽に染め抜いてある。
紅の下着に、破れ芭蕉を紅にした帯をしめている。
座っている娘は膝の上に反物を載せ、鼠潰しの背景が本図に柔らかい情調を添えて
いる。
享和2年(*1802年)頃の作品であろう。
歌麿の芸術も段々、最後に近づいて行く。
―――――――
★第61図 橋下釣の男女
本図は、前出60図の
「兄弟睦敷図目出度三幅対」や「近代七才詩歌」の揃物と同時代に出来たものである。
「近代七才詩歌」も本図も、歌麿画初めて試みた大判短冊形で、本図において歌麿は人物の影が見ずに映じている所を描いているが、一寸、思いつきである。
この時代になると彼の人物は、表情が薄っぺらで、前時代の作品におけるように落着いた艶麗美に乏しい。
故に画面が極めて小さく見えてならない。
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★第62図 二柱かけ
歌麿は、柱かけ形のあくには、さしたる手腕がなかった。
黒の頭巾を被って風に逆らいながら行く女性は、まるで清長の柱絵「藤花の下を行く女」を模倣して及ばざるものか。
徒(*いたずら)に誇張したかの感のみが、眼だって、さほど面白いとは思われないが、歌麿の柱絵の中では、上出来のものであることは云うまでもない。
もう一枚の方の「梅川と忠兵衛」は、いわゆる歌麿式のもので、極めて無難の作である、と云える。
おそらく彼の柱絵の中で、最も成功したものであるかも知れない。
―――――――
★第63図 蛇と とかげ
彩色摺「絵本虫撰」
本図は、天明8年、蔦屋出版の大本二冊
彩色摺「絵本虫撰」より抜いたもの。
本書に関する詳細は、本文、17章の冒頭を見ること。
*再掲載、第17章の冒頭の部分。
・・・
歌麿は鳥類や爬虫類や貝殻などを、それは実際に小さい自然の現象であるが、それらを最も正確に最も確実に、また最も写真的に描こうと企てて、そして最も立派な描き手となった。
しかし、このことは理想的美人画家に対し、殆ど本当らしくない信じられない不思議な
事柄である。
また彼がその当時、その種の最も緻密な博物学的な、同時に最も芸術的な画家となろうと希望したと云うことに対しても奇異な感がなきを得ない。
彼の自然の生物などを取り扱った作品は次の三絵本の中に見ることが出来る。
「絵本百千鳥」「▲絵本虫撰」「汐干のつと」これらは実際に、ヨーロッパのいかなる国に
おいても到底、印刷することが出来ないほど精巧無比の木版印刷によって創られたデッサンである。 ・・・
―――――――
★第64図 ゑなかと目白
彩色摺「百千鳥」
本図は、寛政初年、蔦屋出版の大本二冊
彩色摺「絵本虫撰」より抜いたものである。
本書に関する詳細は、
本文、第17章の冒頭を見ること。
*再掲載、第17章の冒頭の部分。
・・・
彼の自然の生物などを取り扱った作品は次の三絵本の中に見ることが出来る。
「絵本百千鳥」「▲絵本虫撰」「汐干のつと」これらは実際に、ヨーロッパのいかなる国においても到底、印刷することが出来ないほど精巧無比の木版印刷によって創られたデッサンである。 ・・・
―――――――
★第65図 汐干狩り
彩色摺「汐干のつと」
本図は、寛政初年、蔦屋出版の大本二冊
彩色摺「絵本虫撰」より抜いたものである。
本書に関する詳細は、本文、第17章の冒頭を見ること。
―――――――
★第66図 桜見
彩色摺「普賢像」
本図は、寛政2年、蔦屋出版の大本二冊
彩色摺「普賢像」より抜いたものである。
本書に関する詳細は、本文、第17章の冒頭を見ること。
*第20章、再掲。
・・・
私は1790年の日付のある珍本を一冊、持っている。
その表題は「普賢像」と云い、江戸の花見を題材としたものである。
(*後述の66図、参照。)
・・・
「普賢像」
大本一帖 彩色摺絵本は、寛政2年 蔦屋版にかかる。
本絵本を見ると、歌麿は寛政期に入るや既に一家の独自的芸術を成立し始めたことが明瞭である。
中でも飛鳥山の観桜の画面が、いい出来だと私は思う。
その図の左手にごちゃごちゃと沢山の女性を樹木に集め、右手にばらっと描いた男に対照された構図の意匠は我が意を得ている。
この絵本の序は、後巴人 亭光と云う人が書いている。
*この普賢像には、「吉原の桜」「御殿山の桜」「上野山の桜」「飛鳥山の桜」「小金井の桜」の五図が収載されており、いわゆる江戸およびその近郊の桜の名所が描かれている。
この編 完。
京都市内の史蹟を、観光目的を兼ねて歴史を織り混ぜながら、紹介していくものです。
京都市内の史蹟を、観光目的を兼ねて歴史を織り混ぜながら、紹介していくものです。


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