「ゴンクールの歌麿」を読んで観る 11・第16章
本篇は、ゴンクール著・歌麿(明治24年、出版)野口 米次郎 訳(昭和4年、刊行)の底本を、あくまで趣味的に、現代語訳で読み解くものです。
(図は全て底本・著作権満了のものより)
青楼画家 歌麿
● 16章
あらゆる浮世絵師は、吉原を描いた。
★参考図1
「傾城新美人合同筆鏡」より
北尾葏齋政演
耕書堂蔦屋重三郎、天明4年(1784年)

★参考図2
「青楼美人合姿鏡 上」松葉屋
北尾重政(1世) 勝川春章・画
山崎金兵衛、蔦屋重三郎、 安永5年(1776年)

★参考図3
「吉原十二刻」巳の時
享楽文化絵誌
大鳳閣書房編輯部 編 (大鳳閣書房、1933)

★参考図4
「絵本青楼美人合」第一冊より
鈴木春信・画、舟木嘉助ほか、
明和7年(1770年)

北尾 政演は「傾城新美人合同筆鏡」を作り、勝川 春章と北尾 重政は「青楼美人合姿鏡」を出した。
北渓(魚屋 北渓[ととや ほっけい])は、「吉原十二刻」を、(*鈴木)春信は、「絵本青楼美人合」を出帆した・・
林氏は、日本で所有している書庫の中に、華麗な色町に関する書物を200種以上も所有しているそうである。
しかし、殆ど全ての画家が吉原を取り扱った場合、そこに描かれた女性の群は、多少、理想的になり、仲の町を支配する壮厳な法則、あるいは輝いた刺繍を施した着物の陳列に対する説明であり、また時には遊女の性格や職務に関係のない女性さえ書いている。
実際、歌麿以外に誰あって吉原遊女の日夜の私生活を、描線と調色とで物語ってはいない・・
このことは、不思議なことである。
歌麿と競争の立場にあった画家、すなわち、女性の長い すらりとした姿を描いた(*歌川)豊国は、時々、構図に不確実なものを残しているが、彼の青楼に関する書物を研究することは興味の多いことである。
歌麿の本と豊国の本とが同時代の出帆であるだけに、その比較研究の興味は一段と深い。
歌麿の「青楼」は、1804年に、豊国は、1802年に公にされている。
しかし、豊国の「青楼」を分析する前に、私は、この動物的な感覚的な情とは、まるで異なっている情、すなわち、日本の詩的な情についての観念を与えたいと思う。
歌麿や豊国の挿画におけるよりも、もっと新しい時代のもので、吉原に外国人が出入りし始めた頃の文書であるが、それは、「吉原花の知識」と呼ばれたものである。
――― 花の上に蝶が二つ・・
それ等は離れずに飛んでいる。
――― もちろんだ、季節は良いし、それ等は花の匂いに酔っている。
――― 僕らも又、その蝶のように花を訪ねて行こうではないか。
――― どうして君に花の知識がある。
――― 僕は吉原の大夫から学んだ・・
――― ここに大門がある。
――― どういう大夫を知っている。
――― 小紫という大夫を知っている・・
――― ちょっと待ちたまえ。
薄雲大夫がやって来る。
――― 彼女は大変、人を長く待たせる大夫だ。
どうしても、その訳が分からない。
――― 吉原の大夫達は複雑な化粧のために非常に時間がかかる・・
まず彼らは、髪を撫でつけるのに下村のポマードと遣い、元結(もとゆい)は丁故でなければならないのだそうだ。
勝山結いを採るものもあれば、島田に結ぶのを好むものもある。
彼らは、鼈甲(*べっこう)の櫛や珊瑚(*さんご)のついている簪(*かんざし)に莫大な金をかけ、その負債が多くなることなんか気にかけない。
顔の白粉、襟の白粉、唇の臙脂(えんじ・*つよい赤色)、最後に、おはぐろ。
彼らの贅沢を見せないものは、何一つない。
しばらくたって、大夫は現れる。
実際、大夫は非常に美しい。
目立つ、愛らしい。
その眉は遠山に濃霧が、かかったようで、目には秋の浪がふるえる。
彼女の横画は気高く、口は小さく、その歯の白さは富士山の雪を凌ぎ、体の魅力は夏の野原の柳を偲ばせる。
彼女の着物は、黒 天鵞紱(ビロード) の上に金糸で飛んでいる龍が刺繍されている。
帯は金錦で、一言にして云えば、彼女の身支度に一点の非難の打ち所なしである。
――― 僕は花の知識を得るために貴女とお話しがしたい。
――― けれども、よくお考えになりましたか。
この研究は、随分と お骨が折れます・・
私の部屋にお出でください。・・
大夫の部屋の説明は、既に人に知られているのであるから、詳細にこれを語る必要が
ないであろう。
六畳の床の間には酒井 抱一の軸物が三つかけられ、それに花鳥が描いてある。
雙六(*すごろく)、碁盤、茶の道具、琴、三味線、琵琶などが並べられている。
側の書棚には有名な紫式部の源氏物語から為永 春水の小説までも置いてある。
そこには、また彼女の化粧部屋がある。
それは堅気の婦人のそれと少しも違わず実に華美な感じのする化粧部屋である。
70センチメートル位の小さい窓があって、最も芸術的な竹の簾(*すだれ)が懸けられている。
その内側に化粧机がある。
銅の一種の釜が洗面器の役をしている。
竹の箍(たが・*金属や竹でできた輪)に長い柄のついた手酌がついていて、その中に水が入っている。
女性の化粧道具は黒と金の蒔絵の小さい器具の中に入っている。
金属製の鏡は漆塗りの台の上に置かれて、刺繍の施された絹の布が、それにかかっている。
それにも又、化粧道具が入っている抽斗
(*ひきだし)があって、なかに鼈甲(*べっこう)の櫛や、金の蒔絵の櫛や金銀の箍(たが)などが入れてある。
これらこそ日本の女性の唯一の宝物である。
さて二度目に大夫が出て来る時、今度は、緋の裲襠(*うちかけ)のような寝衣を着ていて、紫繻子(*しゅす)の長襦袢を着ている。
それには牡丹と獅子が金糸で刺繍されて飾られている。
彼女はその黒髪をうしろに垂らしているが、この黒髪に千人の男を引きつける力がある。
そして、それから雪をも欺く真っ白な肌膚を見せてくれる。
彼女の顔は梅花のほころびたのに似ている。
また雨の雫に飾られた梨の花の似ている。
――― 花は弱いものです。
どうか花にたびたび水をおやり下さい。
―――――
第52図 子供をあやす母親 大判錦絵
(底本・著作権満了)

歌麿の母性愛を取り扱った作品は多い。
これなども、この種のなかで上出来のものである。
藍地に波模様の着物に愛らしい感じがあって、新鮮な気分を添えている。
図の背色は鼠、子供の腹巻は赤。
―――――
第53図 子供と兎 大判錦絵
(底本・著作権満了)

本図の表題は字が読みないから不明としておくが、構図は悪くないどころがいい所がある。
殊に全体の調色が面白い。
と云うのは、それがすべて鼠がかった赤を以て主色としていて、衝立の枠が紅で塗ってある。
本原図の色は褪色(*たいしょく)しているため、一段と幻と云う感じを人に与えて喜ばしい。
―――――――
(本文続き)
今、画家・(*歌川)豊国に戻るが、彼の青楼本は、「絵本時世粧」と題されている。
その第1巻は、あらゆる階級の女性の境遇が描いてあるが、第2巻目は、全体が遊女に捧げられている。
*以降、全12図で、
参考図101-112と表記します。
(*参考図は、絵本時世粧. 下之巻
歌川一陽斉 豊国 文画。
甘泉堂和泉屋市兵衞、享和2年 [1802年])
著作権満了のものより)
★参考図・101

最初の絵は、仲の町を歩くために出かける花魁を描いたものである。
彼女は二人の新造の間にはさまり、一人の新造は彼女の襟を直している。
そして、お供に連れる二人の禿(かむろ)は後ろについている。
その禿の後から「遣手」と云われる年取った女性が続いている。
これは遊女の下女であるが友人でもあり顧問でもある。
★参考図・102
*説明文、なし。

★参考図・103(仁和嘉)の図)

これは、カーニバル(仁和嘉)の図である。
それに似たものを歌麿も描いている。
三味線の大きな塗箱を持った茶屋女房につづいて、一同の芸者が、その後を続いて行く。
★参考図・104

これは、遊女屋の帳場を描いた絵である。
この絵は特別な家具が細かく描き出されている。
すなわち、書簡の入った状さし、金銀出入帳に大福帳。
褐色の漆塗りの板の上に白黒で、なすべきことや命令の箇条、その他のことが、こまごまと書いてある。
その下に用箪笥(ようたんす)があって、その上に書簡箋・硯箱があり、また巻いた懸物
や扇子、茶壷が絹の袋に入れて置かれている。
隅のほうの部屋の上部に仏壇が置かれ、その奥に小さな偶像が立てられ、前に酒の徳利、客から貰った金の封筒が置かれてある。
その側の壁に折り紙細工と小さい赤い玉が縦に一列に釘づけにされている。
それと共に阿亀の面がかかっている。
阿亀の微笑は、訪問者の機嫌をよくすると信じられていて、日本の諺言に「笑う門には福来る」といってある。
部屋の中央に女主人が煙管を杖について座っている。
年増の女性が彼女の肩をもんでいる。
腹ばいに跼(くぐ)んでいる女性は、畳の上に拡げられた絹の反物を見立てている。
本絵本(*歌川豊国「絵本時世粧」)の最初の四枚は、吉原 仲の町の一流の遊女屋を描いた
ものであるが、五番目の絵は二流、三流の「河岸見世」を示している。
★参考図・105

そして、その絵は遊女の陳列室である。
太い格子の間から遊女は顔を出して、女 売卜者(ばいぼくしゃ・*占い師)に身の幸福を占わしている。
★参考図・106
*説明文、なし。

★参考図・107

その次は南浜、すなわち品川の青楼を描いた図で、その内部が示されている。
ある遊女は、だらしない様子をして、格子の窓越しに頬杖をついて、品川の沖を通り過ぎる船を眺めている。
又、ある遊女は出格子の縁に腰をかけ、不格好に両腕を出している。
又、ある遊女は丼にかがんで煮た蟹を貪り食っている。
その奥では、一人の女性が腰が抜けたかのように足を投げ出し、頬をひねって口を大きく開け、鼻を宙に向けてその眉をへの字にして、三味線の爪弾きに卑猥な声を出している。
★参考図・108
*説明文、なし。

★参考図・109

その又、次に深川の辰巳の芸者屋が描いてある。
この図で、一人の芸者が朋輩の女性に、その腕に刺青をした愛の記号を見せている。
この愛の刺青をする場合、情人の名前の頭文字だけのこともあれば、また彼の紋だけにすることもある。
★参考図・110

そして、なお甲駅、すなわち新宿の遊女屋が描かれていて、遊女達が化粧をしている所がある。
彼らは髪を結ったり顔を作ったり、また歯を黒く染めたりしている。
しかし(*歌川)豊国は、他の画家が殆ど筆を染めてないような下等な遊女の絵も描いている。
★参考図・111

ここに町の木戸口に老女のそれが、三人襤褸(らんる・*ぼろぼろの衣服)を纏った汚らしい様子をしている。
不愉快を人に感じさせる。
この絵本の中で水郷のおける特徴を持つ図を示そう・・
★参考図・112

それは、小船のなかで客引きをする女性の絵である。
夜の空と浪立たぬ夜の水との間に、全く静止した素足で黒衣の背高き女性一人を描いていて、それが闇のうちから葦の屋根舟の上にぬっと現れている。
遊女の生活に関する絵本において、歌麿は、その三枚続の版画においてのように、楽々と競争者であった(*歌川) 豊国に打ち勝っている。
豊国の描いた女性は、身体の優美さと挙措(きょそ・*立ち居振る舞い)のあでやかな輪郭とを欠いている。
また彼の作品には構図の生命が躍動していない。
次に豊国が好んで求めようとした滑稽分子は、青楼の場景を描くに当たって、その作品に卑俗性を添えているに止まる。
また、この二人の競争画家、すなわち歌麿と豊国の才能を判断するためには、歌麿「夜見世の図」と豊国の同様の図とを比較することで十分である。
前者のそれは、かなり立派な芸術品であるが、後者のそれは非常に通俗的な凡画である。
――――――――
第54図 驟雨
大判錦絵 五枚続の内三枚
(底本・著作権満了)
五枚続の内三枚。

右から3枚目。

左から2枚目

左から1枚目

本図に関しては、本文・第5章中に書いてあるゴンクールの言葉を参照して下さい。
*参照「第5章中に書いてあるゴンクールの言葉」
「遽雨(にわかあめ)」三枚続●
早瀬のように降る雨が、あたりの風景を漠然とたらしめている場面。
若い女の子は、遠くから響いて来る雷鳴に耳を押さえている。
幼児は、母親に抱かれようとして、その小さな腕を上の方へさし伸ばしている。
いたる所で人々は、慌てて雨傘を開いている。
中央の画面では、相思の二人連れが、相合傘に身をよせて駆けている。
女性は、まるでチュイルリーの宮廷園のアタラントのような美しい駆け方をしている。
私は、これ以上に現実的な一目を惹く、すなわち、若者の脚が夢中に駆けている場合の楽な足付けを表現している絵を見たことがない。
(*本文・第5章の)本文の中に三枚続としてあるが、(*これは)五枚続の誤りなので、ここに訂正しておく。
そして、本図の三枚は、左からのものである。
(*要するに本図は、左から三枚目までを描いたものであり、
(誤)「遽雨(にわかあめ)」三枚続●
↓
(正)「遽雨(にわかあめ)」五枚続
と云うことを、云っている。)
次回は、「ゴンクールの歌麿」を読んで観る 12・第17章 に続きます。
https://kyotoshiryo.seesaa.net/article/202105article_1.html
(図は全て底本・著作権満了のものより)
青楼画家 歌麿
● 16章
あらゆる浮世絵師は、吉原を描いた。
★参考図1
「傾城新美人合同筆鏡」より
北尾葏齋政演
耕書堂蔦屋重三郎、天明4年(1784年)
★参考図2
「青楼美人合姿鏡 上」松葉屋
北尾重政(1世) 勝川春章・画
山崎金兵衛、蔦屋重三郎、 安永5年(1776年)
★参考図3
「吉原十二刻」巳の時
享楽文化絵誌
大鳳閣書房編輯部 編 (大鳳閣書房、1933)
★参考図4
「絵本青楼美人合」第一冊より
鈴木春信・画、舟木嘉助ほか、
明和7年(1770年)
北尾 政演は「傾城新美人合同筆鏡」を作り、勝川 春章と北尾 重政は「青楼美人合姿鏡」を出した。
北渓(魚屋 北渓[ととや ほっけい])は、「吉原十二刻」を、(*鈴木)春信は、「絵本青楼美人合」を出帆した・・
林氏は、日本で所有している書庫の中に、華麗な色町に関する書物を200種以上も所有しているそうである。
しかし、殆ど全ての画家が吉原を取り扱った場合、そこに描かれた女性の群は、多少、理想的になり、仲の町を支配する壮厳な法則、あるいは輝いた刺繍を施した着物の陳列に対する説明であり、また時には遊女の性格や職務に関係のない女性さえ書いている。
実際、歌麿以外に誰あって吉原遊女の日夜の私生活を、描線と調色とで物語ってはいない・・
このことは、不思議なことである。
歌麿と競争の立場にあった画家、すなわち、女性の長い すらりとした姿を描いた(*歌川)豊国は、時々、構図に不確実なものを残しているが、彼の青楼に関する書物を研究することは興味の多いことである。
歌麿の本と豊国の本とが同時代の出帆であるだけに、その比較研究の興味は一段と深い。
歌麿の「青楼」は、1804年に、豊国は、1802年に公にされている。
しかし、豊国の「青楼」を分析する前に、私は、この動物的な感覚的な情とは、まるで異なっている情、すなわち、日本の詩的な情についての観念を与えたいと思う。
歌麿や豊国の挿画におけるよりも、もっと新しい時代のもので、吉原に外国人が出入りし始めた頃の文書であるが、それは、「吉原花の知識」と呼ばれたものである。
――― 花の上に蝶が二つ・・
それ等は離れずに飛んでいる。
――― もちろんだ、季節は良いし、それ等は花の匂いに酔っている。
――― 僕らも又、その蝶のように花を訪ねて行こうではないか。
――― どうして君に花の知識がある。
――― 僕は吉原の大夫から学んだ・・
――― ここに大門がある。
――― どういう大夫を知っている。
――― 小紫という大夫を知っている・・
――― ちょっと待ちたまえ。
薄雲大夫がやって来る。
――― 彼女は大変、人を長く待たせる大夫だ。
どうしても、その訳が分からない。
――― 吉原の大夫達は複雑な化粧のために非常に時間がかかる・・
まず彼らは、髪を撫でつけるのに下村のポマードと遣い、元結(もとゆい)は丁故でなければならないのだそうだ。
勝山結いを採るものもあれば、島田に結ぶのを好むものもある。
彼らは、鼈甲(*べっこう)の櫛や珊瑚(*さんご)のついている簪(*かんざし)に莫大な金をかけ、その負債が多くなることなんか気にかけない。
顔の白粉、襟の白粉、唇の臙脂(えんじ・*つよい赤色)、最後に、おはぐろ。
彼らの贅沢を見せないものは、何一つない。
しばらくたって、大夫は現れる。
実際、大夫は非常に美しい。
目立つ、愛らしい。
その眉は遠山に濃霧が、かかったようで、目には秋の浪がふるえる。
彼女の横画は気高く、口は小さく、その歯の白さは富士山の雪を凌ぎ、体の魅力は夏の野原の柳を偲ばせる。
彼女の着物は、黒 天鵞紱(ビロード) の上に金糸で飛んでいる龍が刺繍されている。
帯は金錦で、一言にして云えば、彼女の身支度に一点の非難の打ち所なしである。
――― 僕は花の知識を得るために貴女とお話しがしたい。
――― けれども、よくお考えになりましたか。
この研究は、随分と お骨が折れます・・
私の部屋にお出でください。・・
大夫の部屋の説明は、既に人に知られているのであるから、詳細にこれを語る必要が
ないであろう。
六畳の床の間には酒井 抱一の軸物が三つかけられ、それに花鳥が描いてある。
雙六(*すごろく)、碁盤、茶の道具、琴、三味線、琵琶などが並べられている。
側の書棚には有名な紫式部の源氏物語から為永 春水の小説までも置いてある。
そこには、また彼女の化粧部屋がある。
それは堅気の婦人のそれと少しも違わず実に華美な感じのする化粧部屋である。
70センチメートル位の小さい窓があって、最も芸術的な竹の簾(*すだれ)が懸けられている。
その内側に化粧机がある。
銅の一種の釜が洗面器の役をしている。
竹の箍(たが・*金属や竹でできた輪)に長い柄のついた手酌がついていて、その中に水が入っている。
女性の化粧道具は黒と金の蒔絵の小さい器具の中に入っている。
金属製の鏡は漆塗りの台の上に置かれて、刺繍の施された絹の布が、それにかかっている。
それにも又、化粧道具が入っている抽斗
(*ひきだし)があって、なかに鼈甲(*べっこう)の櫛や、金の蒔絵の櫛や金銀の箍(たが)などが入れてある。
これらこそ日本の女性の唯一の宝物である。
さて二度目に大夫が出て来る時、今度は、緋の裲襠(*うちかけ)のような寝衣を着ていて、紫繻子(*しゅす)の長襦袢を着ている。
それには牡丹と獅子が金糸で刺繍されて飾られている。
彼女はその黒髪をうしろに垂らしているが、この黒髪に千人の男を引きつける力がある。
そして、それから雪をも欺く真っ白な肌膚を見せてくれる。
彼女の顔は梅花のほころびたのに似ている。
また雨の雫に飾られた梨の花の似ている。
――― 花は弱いものです。
どうか花にたびたび水をおやり下さい。
―――――
第52図 子供をあやす母親 大判錦絵 (底本・著作権満了)
歌麿の母性愛を取り扱った作品は多い。
これなども、この種のなかで上出来のものである。
藍地に波模様の着物に愛らしい感じがあって、新鮮な気分を添えている。
図の背色は鼠、子供の腹巻は赤。
―――――
第53図 子供と兎 大判錦絵(底本・著作権満了)
本図の表題は字が読みないから不明としておくが、構図は悪くないどころがいい所がある。
殊に全体の調色が面白い。
と云うのは、それがすべて鼠がかった赤を以て主色としていて、衝立の枠が紅で塗ってある。
本原図の色は褪色(*たいしょく)しているため、一段と幻と云う感じを人に与えて喜ばしい。
―――――――
(本文続き)
今、画家・(*歌川)豊国に戻るが、彼の青楼本は、「絵本時世粧」と題されている。
その第1巻は、あらゆる階級の女性の境遇が描いてあるが、第2巻目は、全体が遊女に捧げられている。
*以降、全12図で、
参考図101-112と表記します。
(*参考図は、絵本時世粧. 下之巻
歌川一陽斉 豊国 文画。
甘泉堂和泉屋市兵衞、享和2年 [1802年])
著作権満了のものより)
★参考図・101
最初の絵は、仲の町を歩くために出かける花魁を描いたものである。
彼女は二人の新造の間にはさまり、一人の新造は彼女の襟を直している。
そして、お供に連れる二人の禿(かむろ)は後ろについている。
その禿の後から「遣手」と云われる年取った女性が続いている。
これは遊女の下女であるが友人でもあり顧問でもある。
★参考図・102
*説明文、なし。
★参考図・103(仁和嘉)の図)
これは、カーニバル(仁和嘉)の図である。
それに似たものを歌麿も描いている。
三味線の大きな塗箱を持った茶屋女房につづいて、一同の芸者が、その後を続いて行く。
★参考図・104
これは、遊女屋の帳場を描いた絵である。
この絵は特別な家具が細かく描き出されている。
すなわち、書簡の入った状さし、金銀出入帳に大福帳。
褐色の漆塗りの板の上に白黒で、なすべきことや命令の箇条、その他のことが、こまごまと書いてある。
その下に用箪笥(ようたんす)があって、その上に書簡箋・硯箱があり、また巻いた懸物
や扇子、茶壷が絹の袋に入れて置かれている。
隅のほうの部屋の上部に仏壇が置かれ、その奥に小さな偶像が立てられ、前に酒の徳利、客から貰った金の封筒が置かれてある。
その側の壁に折り紙細工と小さい赤い玉が縦に一列に釘づけにされている。
それと共に阿亀の面がかかっている。
阿亀の微笑は、訪問者の機嫌をよくすると信じられていて、日本の諺言に「笑う門には福来る」といってある。
部屋の中央に女主人が煙管を杖について座っている。
年増の女性が彼女の肩をもんでいる。
腹ばいに跼(くぐ)んでいる女性は、畳の上に拡げられた絹の反物を見立てている。
本絵本(*歌川豊国「絵本時世粧」)の最初の四枚は、吉原 仲の町の一流の遊女屋を描いた
ものであるが、五番目の絵は二流、三流の「河岸見世」を示している。
★参考図・105
そして、その絵は遊女の陳列室である。
太い格子の間から遊女は顔を出して、女 売卜者(ばいぼくしゃ・*占い師)に身の幸福を占わしている。
★参考図・106
*説明文、なし。
★参考図・107
その次は南浜、すなわち品川の青楼を描いた図で、その内部が示されている。
ある遊女は、だらしない様子をして、格子の窓越しに頬杖をついて、品川の沖を通り過ぎる船を眺めている。
又、ある遊女は出格子の縁に腰をかけ、不格好に両腕を出している。
又、ある遊女は丼にかがんで煮た蟹を貪り食っている。
その奥では、一人の女性が腰が抜けたかのように足を投げ出し、頬をひねって口を大きく開け、鼻を宙に向けてその眉をへの字にして、三味線の爪弾きに卑猥な声を出している。
★参考図・108
*説明文、なし。
★参考図・109
その又、次に深川の辰巳の芸者屋が描いてある。
この図で、一人の芸者が朋輩の女性に、その腕に刺青をした愛の記号を見せている。
この愛の刺青をする場合、情人の名前の頭文字だけのこともあれば、また彼の紋だけにすることもある。
★参考図・110
そして、なお甲駅、すなわち新宿の遊女屋が描かれていて、遊女達が化粧をしている所がある。
彼らは髪を結ったり顔を作ったり、また歯を黒く染めたりしている。
しかし(*歌川)豊国は、他の画家が殆ど筆を染めてないような下等な遊女の絵も描いている。
★参考図・111
ここに町の木戸口に老女のそれが、三人襤褸(らんる・*ぼろぼろの衣服)を纏った汚らしい様子をしている。
不愉快を人に感じさせる。
この絵本の中で水郷のおける特徴を持つ図を示そう・・
★参考図・112
それは、小船のなかで客引きをする女性の絵である。
夜の空と浪立たぬ夜の水との間に、全く静止した素足で黒衣の背高き女性一人を描いていて、それが闇のうちから葦の屋根舟の上にぬっと現れている。
遊女の生活に関する絵本において、歌麿は、その三枚続の版画においてのように、楽々と競争者であった(*歌川) 豊国に打ち勝っている。
豊国の描いた女性は、身体の優美さと挙措(きょそ・*立ち居振る舞い)のあでやかな輪郭とを欠いている。
また彼の作品には構図の生命が躍動していない。
次に豊国が好んで求めようとした滑稽分子は、青楼の場景を描くに当たって、その作品に卑俗性を添えているに止まる。
また、この二人の競争画家、すなわち歌麿と豊国の才能を判断するためには、歌麿「夜見世の図」と豊国の同様の図とを比較することで十分である。
前者のそれは、かなり立派な芸術品であるが、後者のそれは非常に通俗的な凡画である。
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第54図 驟雨
大判錦絵 五枚続の内三枚
(底本・著作権満了)
五枚続の内三枚。
右から3枚目。
左から2枚目
左から1枚目
本図に関しては、本文・第5章中に書いてあるゴンクールの言葉を参照して下さい。
*参照「第5章中に書いてあるゴンクールの言葉」
「遽雨(にわかあめ)」三枚続●
早瀬のように降る雨が、あたりの風景を漠然とたらしめている場面。
若い女の子は、遠くから響いて来る雷鳴に耳を押さえている。
幼児は、母親に抱かれようとして、その小さな腕を上の方へさし伸ばしている。
いたる所で人々は、慌てて雨傘を開いている。
中央の画面では、相思の二人連れが、相合傘に身をよせて駆けている。
女性は、まるでチュイルリーの宮廷園のアタラントのような美しい駆け方をしている。
私は、これ以上に現実的な一目を惹く、すなわち、若者の脚が夢中に駆けている場合の楽な足付けを表現している絵を見たことがない。
(*本文・第5章の)本文の中に三枚続としてあるが、(*これは)五枚続の誤りなので、ここに訂正しておく。
そして、本図の三枚は、左からのものである。
(*要するに本図は、左から三枚目までを描いたものであり、
(誤)「遽雨(にわかあめ)」三枚続●
↓
(正)「遽雨(にわかあめ)」五枚続
と云うことを、云っている。)
次回は、「ゴンクールの歌麿」を読んで観る 12・第17章 に続きます。
https://kyotoshiryo.seesaa.net/article/202105article_1.html
京都市内の史蹟を、観光目的を兼ねて歴史を織り混ぜながら、紹介していくものです。
京都市内の史蹟を、観光目的を兼ねて歴史を織り混ぜながら、紹介していくものです。


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