京都史蹟散策107 並河家庭園

京都史蹟散策107 並河家庭園

並河家庭園 (並河靖之七宝記念館)

【位置】東山区三条通北裏白河筋
    東入堀池町
【交通】地下鉄東西線・東山
    徒歩3分
建物内は撮影禁止。庭園は撮影可。

( )内、* は、付記。
駒札によると・・
京都市指定名勝 並河家庭園
本庭園は、七宝作家で明治29年に帝室技芸員に
なった並河靖之(*なみかわ やすゆき)
(1845-1927)が、職住一体のものとして構えた
邸宅内に造られたものである。
並河家の庭園と建物との竣工時の様子は、
竣工披露された翌日の「日出新聞」
(明治27年11月16日)の記事から知られる。

日出新聞・明治27年11月16日
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(内容の意訳)
並川氏 新宅落成 
七宝家の並川靖之氏は白河橋東入る、の本宅が
落成したとして昨日、 知友を招いて、
一見させたが、家は四ッ目建三方縁の二階家で、
床間の縁側通りの天井迄、木材を
選ぶのに心を使い、その万事、緻密で用意周到な
靖之氏は、一木一材も無駄にせず、殊に二階の
欄干は高台寺の臥龍廊下の欄間を応用して、
土佐の檜(ひのき)七間通しを四間に切って
組み上げているところは、その意匠、高尚と
評される。
書院床の上に栗の透し彫りは桐の紋で、
それは桐かと思われるほどだが、その彫方は余程、
苦心したと思われる。
この上段は、桐の格天井で、
床には雪村(せっそん・雪村周継とも)筆の
「瀟洒(しょうしゃ)八景」の掛物。
前の卓には、自製の七宝の新模様の香爐(こうろ)
を手配し、右方に銅の大水盤に挿花、
左方に料紙の硯箱は、葡萄に栗鼠(りす)の螺鈿
(らでん)入り蒔絵もの・明末の製であろうか。
次の間は、吉野丸太の床仕立で、
木米(もくべい・青木木米)筆の蘭亭図に、
八脚の春日卓へ古備前獅子の置物を飾り、
厨子棚に舞楽図の巻物二巻があり、
欄間には、以前、粟田の家の園池を賞賛した
伊藤東涯(いとう とうがい・儒学者)が
文詩の額を掲げ、昇降口の間へは
蕭白(しょうはく・曾我蕭白)筆の「群仙図」と
土佐経光(とさ きょうこう)筆の「華車」の
屏風の各一双を陳列して装飾したと云う。
下の間の上段正面には、緑綬褒章の賞状の額が
あり、床には、光起(みつおき・土佐光起)筆
の「陶淵明図」で、 最も上作である。
この前に春日机の上に支那七宝の香炉と柿形の
香合(こうごう・香を収納する蓋付きの小容器)
を据えて、右方には、久邇宮(くにのみや)
殿下から拝領の花瓶へ白菊が挿されている。
脇床の棚には、古法帖(こほうじょう・
中国の書蹟を保存、観賞用に仕立てられた古いもの)
と古朝鮮の茶壷に自製七宝の壺を飾る。
その次には、常信(つねのぶ・狩野 常信)筆の
「松に鷹の図」、 卓上には陶製の唐子象乗りの
人形の香炉に、二、三の盆栽がある。
すべての粧飾は、紛雑にせずに家製品を
多く陳列するのは、主人の最も注意が到っている
ところである。
二方の縁には、一文字の大手水鉢ある。
鉢前は、深くて広く、大■(たいざ)の体裁で、
葛石(かずらいし)は膳所城(ぜぜじょう・
現・滋賀県大津市本丸町にあった)の櫓(やぐら)
に用いた大石であるそうだ。
泉水の清きは琢磨(たくま・研磨)用の水として
疎水の流れを引いたものを用いるとのこと。
さらさらと流れる水に、三組の番(つがい)の
鴛鴦(おしどり)、数百の泳ぎ遊ぶ鯉。
棗(なつめ)形の水鉢を巡って池水を吐出させる
技巧は、もっとも好意匠で、庭中は奇石で満され、
この庭に、この石の多さは、未だ多くその例を見ない。
庭の正面の植込に続いて、(南禅寺)金地院・
八窓亭の庭にあるような朝鮮から送られてきた
燈籠がある。
全体美を追わず、高尚と嫻雅(かんが・しとやかさ)
を旨として、「巧(たくみ)、成らずして、用意の
到れるところ」が、賞賛すべきところである。
東方の職工場の広間を茶室として、ここで茶菓を
饗しているが、その全体を一言で評すると、
咽(のど)が乾くと。



庭園を手がけたのは、七代目小川治兵衛(植治)と
される。
(*七代目小川治兵衛と並河靖之は隣同士で、
親しく、その関係で施工した。)

琵琶湖疎水を水源とする園池の水は、もともと七宝の
研磨を目的に引かれた水を流用したものである。

構成は、表玄関の「通り庭」と敷地の北東隅にある
「坪庭」、園池を中心として座敷前に広がる「平庭」
に大別でき、明治期の住宅庭園の有り様を今に
伝えている。

植治(1860-1933)が後の作風を築き上げるうえで
重要な時期の佇(*たたず)まいを良好に残し、
並河靖之の芸術観をも受入れた密度の濃い庭園
として貴重なものである。
     平成15年4月1日指定
            京都市
              と、ある。

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また、別の説明板では・・
並河靖之七宝記念館
この記念館は、・・・
館内には、並河靖之制作の数多くの七宝作品や、
海外の来訪者のために鴨居を高くしてガラス障子
を引き回した開放的な主屋、旧工房、旧窯場が
残されている。・・・
建物は国登録有形文化財、京都市指定
歴史意匠建造物・・・明治期の住宅の佇まいを
良好に残す京都の近代文化遺産のひとつである。
     財団法人並河靖之有線七宝記念財団
     並河靖之七宝記念館
(*七宝の名は金、銀、瑪瑙(めのう)、
赤珠(しゃくしゅ)、瑠璃、玻璃(はり)、
蝦蛄(しゃこ)の七つの宝石から由来し、
技法的には有線、無線、省胎、象眼七宝など
がある。
有線七宝の技法は、現在の愛知県・梶常吉が
解明し、瞬時に京都や東京に広まった。)
              と、ある。



家の前の木の柵は、駒寄せと云われ、
もとは馬を繋ぐもので、二階の虫籠窓と共に
京町家の外観の特徴。
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座敷前に広がる園池を中心とした「平庭」。

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池に浮かぶ島に見立てた岩で
家屋(応接室)の柱を支えている。
縁側のガラス障子は、大正期にベルギーからの
輸入ガラスを使用。

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小川治兵衛の手がけた庭園は、国の名勝として、
無鄰菴、平安神宮神苑、円山公園、
対龍山荘(たいりゅうさんそう・非公開)、
慶雲館(けいうんかん・滋賀県長浜市の迎賓館)、
旧古河庭園(きゅうふるかわていえん・
東京都北区の都立公園・日本庭園)がある。

平安神宮・無鄰菴に近く、最寄りの際には、
ぜひ一度、訪れたい庭園である。

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                        (完)

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